美しさに差が出てくる訳「瓦三枚を残す」

美しさに差が出てくる訳「瓦三枚を残す」

 

人は誰しも完璧ではなく、生き方、心の在り方も違います。その違いは、美しさにも差が出てくるものです。美しさの差、それはどのような部分にあるのでしょうか。スピリチュアルライフアドバイザーのKAORUがお伝えします。


出典:無料素材画像 イラストAC

 

未完成は縁起が良い?

 

春風も穏やかな日、着物の手入れをしました。カビや虫食いはないか、防虫剤の期限は切れていないかと。そんな作業を繰り返す中、喪服がでてきました。嫁入り道具の一つとして母が用意してくれたものです。

 

喪服を見るなり、
「喪服は、すべて揃えずに嫁いだほうがいいのよ。全て揃えては亡くなる人を待っているようで縁起が悪いじゃない」
そんな母の言葉をふと思い出しました。

 

そういえば子どもの時分、家を建て替えるときに「瓦三枚を残す」という言い伝えを聞いたことがあります。完成の後は壊れる一方、未完成にすることで行く末の発展を願い縁起を担いだとのこと。なんだか未完成ということが魅力的に思えてきました。

 

 

完璧ではない心が求めるもの

 

私たちは、どこか完璧ではないものに温かさを感じるような気がします。それは人の持つ温かさではないかと思うのです。例えば、直筆の手紙、形が少し不格好な手作りのおむすび。完璧ではないからこそ背景にある景色に五感が刺激され癒しや喜びを感じるのではないでしょうか。

 

時に人は、完璧ではないことに腹立たしさを覚えます。同時に理解しにくい部分も見えてきます。そんなときこそ普段の心の在り方、謙虚さというものが試される。どんなに完璧に見える人でも、この世に完璧な人はいません。自分や他人の未熟さに目が行き過ぎて忘れてしまうこともあるでしょう。

 

ですが、足りない部分があるからこそ心の痛みをも知ることができるのです。誰もが自然と求める心の在り方とは、謙虚であり人の心を理解しようとする優しさを持ち合わせているということではないかと思うのです。


出典: Pixabay

美しく生きる

 

私たちの生きる世界には、完成された物事が多く存在するように見えます。ですが、完璧と思われた中にもまだ発展というテーマが必ず隠れているものです。完璧と思われる人や物事が作り出す輝きの全ては、足りない部分を補おうとする過程の中で生まれます。

 

謙虚さと豊かな心で高見を目指す。それは人生の修行のようなもの。完璧を目指す過程に注ぎ込まれたエネルギーは少しずつ美しい光のエネルギーに変化してゆきます。その光を実際に見て確認することは難しいかもしれません。

 

ですが沢山の人との出会いの中で魂を揺さぶられるような感動は必ずあるもの。その感動こそが美しい光のエネルギーであり心で見ることができているのです。

 

私たちが完成するという日を知ることはできません。ですが、完璧を目指す一歩一歩を確実に踏みしめ歩んでいる。ありがたいことに私の周りには一生懸命歩み続ける人たちがいる。忘れていた一歩を思い出させてくれるのです。

 

 

スピリチュアルライフアドバイザー:KAORU