【運命の輪】を模した新政 新年干支ボトルと飛鳥時代から続く信仰の山大平山 後編

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【運命の輪】を模した新政 新年干支ボトルと飛鳥時代から続く信仰の山大平山 後編

新政の新年干支ボトルとそのボトルに添えられていた絵馬を祈祷した大平山三吉神社についてのお話、今回は後編です。前回は、取り上げた干支ボトルである「新政酒造 新年純米しぼりたて生ボトル」とそれを仕込む新政酒造で発見された協会6号酵母を通して、秋田の新政酒造についてお話させていただきました。

後編は、「新政酒造 新年純米しぼりたて生ボトル」に添えられていた絵馬を祈祷した大平山三吉神社とここから全国へ広まった三吉信仰についてお伝えしていきます。

◇薬師如来が住まう山、大平山を奥宮に…。大平山三吉神社


出典: 写真AC

前編で紹介した、「新政酒造 新年純米しぼりたて生ボトル」に添えられていた絵馬は、太平山三吉神社にてご祈祷済みのものでした。

 

 
photo by ミラクルナビらぶちゃん

ご祈祷をした太平山三吉神社は、タイトルにもあるように飛鳥時代から続く神社で、天武天皇の白鳳2年(673年)5月の創建と伝えられています。

桓武天皇延暦20年(801年)に、時の征夷大将軍であった坂上田村麻呂が、現在の岩手県に侵攻し蝦夷の酋長阿弖流為(アテルイ)と副酋長の母禮(モレ)を降伏させたことがありました。この時、戦勝を祈願してお堂が建立され、奉納された御鏑は、今も神宝とされています。

そうした経緯もあり、お祀りされている三柱は、三吉霊神(みよしのおおかみ)という秋田で生まれた勝負・勝利成功の守護神と大己貴大神、そして、少彦名大神となっています。

 

薬師如来が住まうと言われ修験道でもある、標高1,170m大平山山頂に奥宮があります。

奥宮までの道のりはかつて、非常に険しく女人禁制でした。

標高も高く雪深かったことから、年間を通して老若男女が参拝できる里宮も建立され、今は雪深い時期も老若男女問わずお参りがでるようになっています。

 

毎年7月17日の開山祭に御神体を里宮から奥宮へお移しし、9月17日閉山祭までの間、神職が奥宮に籠もられご祈祷やご奉仕されているそうです。

 

かつては女人禁制だった大平山奥宮も時代とともに変わり、最近では山ガール登山などのイベントも定期的に開催されより身近になっています。趣味で楽しむ登山の傍ら奥宮を詣でる方も多いそうで、奥宮に併設される参籠所は宿泊もできるようになっています。

奥宮から拝むご来光は最高なんだそうです。

 

◇江戸時代中頃から登場し神になった「三吉さん」と三吉信仰

大平山三吉神社は、太平山講・三吉講の総本宮としての側面もあります。

三吉霊神(みよしのおおかみ)は、力の神、勝負の神、破邪顕正の神で曲がった事が大嫌いであったと伝えられています。

力持ちで弱き者を助け、邪悪な者をくじく神様であるとも言われており、三吉霊神(みよしのおおかみ)を敬い大切にする武将も後世多く現れました。

 

三吉霊神(みよしのおおかみ)は、太平城の城主藤原鶴寿丸三吉という名君が神になったと言われています。

他の豪族にねたまれ追い出され世を捨て太平山に篭った藤原鶴寿丸三吉が、大己貴大神、少彦名神様を深く信仰し修行を積まれた末、神として祀られたとされています。

その三吉霊神(みよしのおおかみ)を信仰する太平山講・三吉講は、【みよしさん】【さんきちさん】の愛称で親しまれ、北海道から福島まで北日本各地へ広がりを見せました。

勝利成功、事業繁栄のお社としての信仰は厚く、地元はもちろん、北海道、東北、関東など日本全国から現在も多くの方が訪れています。北海道から北日本、海外はブラジルサンパウロにも祀られ、分社が多く建立されています。

 

心優しく、力も強い、勝負ごとの神に、あなたも会いに行ってみてはいかがでしょうか?

 

日本酒ナビゲーター:ミラクルナビらぶちゃん