初日の出を見逃しても大丈夫! 新春の太陽はまだ拝める

初日の出を見逃しても大丈夫!

新春の太陽はまだ拝める

 

元旦に見ることができる初日の出「タイミングが合わず見逃してしまった!」ということあっても大丈夫です。実は、新春の太陽を拝める日は他にもあるのです。スピリチュアルライフアドバイザーのKAORUがお伝えします。

出典: Pixabay

年神様が姿を現すとき

 

新しい年の始まりというのは年神様をお迎えするだけあり、とても清々しい空気を感じます。年神様は、初日の出とともに姿を現し訪れるそう。初日の出の世界を照らすありがたい輝きに手を合わさずにはいられない気持ちになるのは、やはり年神様が訪れるからなのかもしれません。

 

最近では元日の朝、テレビをつければダイヤモンド富士のような日本の名所の美しい初日の出を拝むことができます。便利な世の中になりましたが、天気が良ければ初日の出は私たちのすぐそばに姿を現してくれます。

 

ありがたいその姿に身なりを整えて手を合わせてみる。辺りがきりりと澄み渡りいつもとは違う空気感のなか、あたたかで神聖なエネルギーが心身を満たしていくのを感じることができます。

 

 

春はあけぼの

 

平安時代の有名な随筆に「枕草子」があります。始まりの文章には、日本の四季それぞれの風情を感じる時が綴られています。冒頭には「春はあけぼの」とあり、春は明け方が良いとのこと。

 

平安時代は太陰太陽暦が暦として使われていた時代で、1月から3月が春。そして1月1日の元旦は春の始まりとされていました。春という新しい年を迎える季節、夜がだんだんと明けていく様子には他の季節にはない美しさや趣がある。そのただならぬ美しさの一つとして、初日の出が今も伝え続けられているのではないかと思うのです。

 


出典:無料素材画像 写真AC

 

初日の出を見逃しても、新春の太陽はまだ拝める

 

人生の中で辛い時期や辛い出来事には誰しも遭遇するものです。私も年明け早々に辛い出来事に遭遇したことがありました。毎日心が折れて粉々になってしまうのではないかと思うような時期でした。気持ちが楽になる日が来るとは思えず胸が張り裂けるとはこういったことなのかと、その痛みを知るときでもありました。そしてその痛みとともに過ごす日々のなか、痛みを和らげる出来事もありました。

 

「夜明け前が一番暗い」という言葉がありますが、実際も本当に暗いと強く感じた日のこと。夜明け前に目覚めた私は、窓から重く暗い外を眺めていました。しばらくすると空が明るくなり始め眩しいほど光り輝く太陽を見ながら「自分に辛いことが起ころうとも、時間は同じように過ぎ、以前と変わらぬ朝はやってくるものだなあ」そう思いました。

 

同時に「明けない夜はない」という言葉の意味がやっとわかることができたような気がしました。一瞬でしたが、輝き出す光の中にいると辛いことが現実にあることなのか無いことなのかがわからない境界線の辺りに吸い込まれていくような感覚になり辛かった気持ちが和らいだ覚えがあります。

 

太陽という生命の源、そのエネルギーは確かにある。もし、初日の出を見逃してしまっても、まだ拝める日はあるのです。春(1〜3月)の太陽には年神様が宿る力と新しい年の誕生という生命の強いエネルギーが宿っています。その輝きを見るだけでも「生きる」という強さと何か心を楽観的にしてくるエネルギーが与えられる。もし夜明け前の時期にあったならば、太陽という宇宙の存在の力に頼ってみるのもいいのではと思うのです。そして、素晴らしい一年はいつでも始めることができるのです。

 

新しい年、新しい太陽、生まれ変わり始まるという姿にはどこか心惹かれるただならぬエネルギーが宿ります。私たちも生まれ変わりスタートするときは溢れるような輝きがある。私たち人間も宇宙の一部、その部分は同じなのかもしれませんね。

 

 

スピリチュアルライフアドバイザー:KAORU